法人概要

 

 

【紹介】

高柳和江

神戸大学医学部卒業。順天堂大学外科専攻生。徳島大学医学部医学博士課程(第一外科学修了)。
昭和52年からクウェートで小児外科医として10年間勤務し、その後亀田総合病院院長補佐・小児外科医長、米国アイオワ大学病院長付研究員、日本医科大学准教授を務める。
現在は東京医療保健大学教授、癒しの環境研究会世話人代、笑医塾塾長として「患者の本位の医療」のために活動している。
著書に『笑いの医力』(西村書店)、『死に方のコツ』(小学館)、『生き方のコツ』(飛鳥新社)ほか多数。

 


クウェートで見た「患者本位」の医療

 

――患者本位のサービスを目指して幅広く活動していらっしゃる高柳先生ですが、その活動の原点にあるものをお聞かせいただけますでしょうか?

 

高柳和江氏(以下高柳氏):
 私は、外科医として10年間クウェートで過ごしていますが、そのときの経験が現在の活動の原点になっていると思います。
 クウェートに渡る前から、日本でも外科医として活動していましたが、日本とクウェートの医療現場の違いに衝撃を受けました。クウェートという国は豊富な資金があるので、その中で最高の医療設備が整えられたイギリス式の世界レベルの医療が行われていました。そこでは、患者やそのご家族が、みんな自己決定の意思が強く、生きる希望に満ち溢れているのです。病気であることに絶望し、生きる気力を失くしているような患者はいません。
 また、日本のように医者の権威が絶対ではなく、患者と医者は神の下に平等なのです。患者は病気が治った際には、もちろん医者にも感謝するのですが、何よりもまず神に感謝をするのです。

 

――なるほど。確かに日本の医療現場とは根本的な部分から違うようですね。

 

高柳氏:
 はい。更に衝撃的だったのは、クウェートの患者というのは日本に比べて治癒が早いのです。これにはやはり先の二つの理由が大きく関わっています。
 というのも、クウェートの患者は自己治癒力が高いのです。元々自己決定の意思が強いというのはもちろんあるのですが、何よりも医者と立場が対等であるということが大きいのだと思います。医者の力を借りる、頼るのではなく、最初に述べたように自らの気力でもって病気を治そうという「生きる力」に満ち溢れているのですね。
 私も外科医でしたから、「私が手術したことによって病気が治った」と思っていましたが、そうではないと気づかされました。病気が治るためには、患者の生きる力によって引き出される自己治癒力こそが大切だったのです。そのためにも、患者のケアというのが非常に重要となります。
 この点について、クウェートに比べると日本は改善するべきところが多く見られますね。

 

――日本の医療というのは、「患者のケア」が十分になされてはいないということでしょうか?ケアが十分に行われるためには何が必要でしょうか?

 

高柳氏:
 病気のケアについてはなされているでしょう。ですが、患者自身のケアという分野になりますと、まだまだ足りないと思いますね。
 というのも、これは日本の医療のシステムに問題があるのです。病院やそこに勤める医師も、患者に対して十分すぎるほど尽くしたいと思っているのです。ですが、システムが整備されていないから出来ないというのが現状なのです。
 まずはシステムを変えなければならないのです。現在はDPC(注1)となりましたが、それ以前は患者を多く診察すればするほど病院にお金が入り、医師も収入が増えるという出来高払いのシステムでした。数をこなさなければなりませんので、その分患者一人に掛ける時間というものは少なくなってしまいます。これでは患者のケアが十分になされているとは言えないでしょう。

 

――しかし、そのようなシステムだったのでそうせざるを得なかったと。

 

高柳氏:
 そうなのです。しかし、例えばアメリカでは最低15分は再診であっても患者を診なくてはいけないというシステムになっています。初診の場合では30分が原則です。予約した時間に行けば待たずに診察を受けることができ、必ず15分は診てもらうことが出来るのです。
 その代わり一回の診察料は高くなりますが、そのための健康保険というものはきちんと整備されています。患者のことを考えた、効率化されたシステムですね。

 

患者が「笑う」ことが出来る環境作り

 

――では、患者本位の医療を目指すためには、日本の医療システムはどう変わるべきなのでしょうか?

 

高柳氏:
 まずは、病院側も患者側も、お互いに成長する必要があるでしょう。どちらも平等でなければならないのです。
 まず病院側の成長として、医療の質の向上は欠かせません。そのためにも、私は日本医療機能評価機構の立ち上げに際して、二つの項目を評価基準としていれることを提案いたしました。一つは「病院に理念があるか」ということ。組織には理念、人間には哲学のように、根本となるものがないと行動できませんからね。そしてもう一つは「患者の権利が保障されているか」です。
 当時、私の意見に対して、大学教授や病院長は口を揃えて反対しました。「病院には理念なんてものはいらないし、患者の権利なんて必要ない」と。20年ほど前はそういう時代だったのです。
 それでも私の意見に賛同を頂くことができ、病院機能評価の評価基準として、「第一条 病院の理念」「第二条 患者の安全と権利」が記されることになりました。
 現在では患者の権利は当然に認められていますし、病院にもしっかりとした理念があります。そして、次は療養環境の整備が必要だと考えるようになりました。

 

――そのような段階を経て、先生は「癒しの環境研究会」を設立されたのですね。

 

高柳氏:
 そうです。医学的な内容の向上だけでなく、患者を受け入れる環境というのが患者本位のサービスには重要です。「癒しの環境研究会」では、施設や設備などのハード面と、患者と接する医療従事者のソフト面の両面による癒しの環境の充実化を目的としています。
 病院とは本来患者を治療する、元気にする場所でなくてはなりません。ですが実態はどうでしょう? 外装のみならず内装までも真っ白で寒々しく、温かみがありません。また、個室は少なく、大部屋がほとんどです。こんな環境ではとてもリラックスなどできませんし、患者の心を元気にすることなどできませんよね。
 最近は会の活動の成果が実りまして、ハード面が良くなっている病院が増えてきています。嬉しいことです。

 

――では、高柳先生から見て、ソフト面の向上はなされていると思われますか?

 

高柳氏:
 ソフト面はまだまだ足りませんね。先ほどハード面の話でも出てきましたが、病院の設備などはとても冷たく、とても患者をリラックスさせるものではありません。また、なによりも人材が足りないことが問題なのです。熱意のある医者や看護士ばかりだとしても、患者数に対してスタッフが少なく、一人一人に寄り添ってあげることができないのです。
 もちろん、これに対応して、患者側の成長も求められます。先ほども述べましたが、医者と患者の関係は平等ではありません。医者側が患者を軽んじることもありますし、その逆もあります。また、患者が医者に寄りかかってしまうことも多いでしょう。「治してもらう」という受身側の意識になってしまうのです。そのような弱い意識では、自らを治そうという強い力は生まれません。
 そこで「笑い」の力が必要になるのです。「笑い」というのは、生きる力を与えますし、免疫機能を高めるということも広く知られます。

 

――そこで「笑医塾」の活動につながってくるのですね。「心からの笑い」が自己治癒力を高めるのだと伺いました。

 

高柳氏:
 そうです。「笑う医療」と書いて笑医なのですが、これは医学的に効果のある「笑い」を意味します。他人を貶めたり蔑んだりする笑いというのは、生きる力を与える笑いではないのです。
 「笑医」の力とは、本当に素晴らしいものなのです。笑医塾での「笑医」によって、生まれつき小児麻痺の痛みに苦しみ、塞ぎこんでいた患者も、3日目にはもう心からの笑顔を浮かべられるようになり、痛みなどものともしないようになりました。リウマチで杖をついていた患者も見る見るうちに「杖なんかいらない!」と生きる力に満ち溢れて、元気になったのです。
 このような「笑医」の力、人間の自己治癒力の高さには本当に驚かされます。

 

やわらかい感情豊かな心で

 

――それでは、「心からの笑い」とはどのようなものであると考えますか?

 

高柳氏:
 まず、環境面から考えると「安全」「リラックス」「効率」「元気」そして「生きる喜び」の条件が満たされていることが必要です。
 いつ死ぬかもしれないという危険に晒されている状況では、到底笑うことなどできませんよね。緊迫して張り詰めた精神状態でも笑えないし、非効率で追い立てられていても笑うことなどできない。そして、悲しいときに笑っても辛いだけですよね。
 全てが良い状態のときに「生きる喜び」が生まれ、そして心から笑うことが出来るのです。

 

――癒しの環境研究会の考えるソフト面とハード面の両方が、「笑医」にも不可欠なのですね。

 

高柳氏:
 そうなのです。また、笑いというのは、日常とは違うところで生じるものなのです。日常との違いに気づき、驚き、不安に思い、そして最終的には安堵する。そのような感情の変化の段階を経て、笑うことができます。塞ぎ込んで凝り固まった心ではなく、やわらかく豊かな心でいることで、笑いが生まれるんですね。笑医塾では、そのようなやわらかい心を作るお手伝いをしています。

インタビュー日時/2010年12月