
【紹介】
山本建夫
昭和43年関西学院大学卒。
(株)テレビ朝日営業部長、営業企画部長、(株)BS朝日常務等を歴任。
平成17年テレビ朝日定年退職し、同年(株)ZIONを設立、社長に就任。
現在はNPO法人ソフトパーク理事長、株式会社ZION代表取締役社長、アドベンチャーコーチング株式会社理事、社会福祉法人 東京都社会福祉協議会 特別専門員も務める。
――放送業界から研修講師へという転向のきっかけや、NPOの活動をはじめようと考えたきっかけは何ですか?
山本建夫氏(以下、山本氏):
当時の私はNPOというものは、利益ではなくサービスに近い形で支援のために活動しているのだという程度の知識しかなく漠然と知っている程度でした。
ある人に偶然{面白い心の研修があるよ}と言われて、10年前に現在のアドベンチャーコーチングのACC研修を受けた時、それにとても興味を引かれ「面白いなあ、わかりやすい研修だなあ」と感じたのです。
そして60歳のとき、このまま放送業界に残り系列会社などへ移るという選択肢もありましたが、五年後にはまた定年になりますし、元気な間はずっと働きたいと思い、その後を考えた際に講師業を選びました。
――自分で何かを、という思いが特に強かったのですね。
山本氏:
そうですね。他にも不動産に興味があったので、資格をとって開業しようかとも考えました。つまりサラリーマンではなく、違うことをしたかったのでしょう。
最終的にはNPO講師の方に強い興味が沸き打診してみたところ、快く受けてくださったのです。今のところ、その選択は面白いし正しかったと思っています。
当然、人に教えるためには私も勉強もしなければなりません。その学習する毎日がこんなに楽しいものだとは予想外でしたね。
いざ教える立場になるとわかっているつもりのことでも突然説明できなくなることがあるんです。理解の程度が低いからです。そのために日々の学習は必須のことです。
受講者も一度聞いただけでは理解できない部分も多いでしょう、これは私自身が受講生だった時の経験からも思う事です。
だから全てでは無くとも、1つ2つだけでも「これは!」と思うものを覚えてもらえるよう、ヤマをつけながら話しています。教えるって意外に難しいということも実感しましたね。
――もう1つ興味をお持ちだった不動産業についてですが、こちらの方もビジョンはたてていらっしゃったのですか?
山本氏:
自宅が自由が丘の近くだったのですが、当時は駅周辺に20件近くの不動産屋がありました、いわゆる激戦区ですね。
当然のことながら私より不動産キャリアが上の人ばかりで、放送業界という全く違う世界にいた私がいきなり正面から太刀打ちできるとは思えない所です。
しかし、もし入り口の看板に「英語・中国語話せます」と書いたらどうだろうかとも考えました。
日本広しといえども、そういう看板を掲げた不動産屋は無いと思います。
それだけでも十分に放送局が取材に来る要素になりますからね。
冗談のような話になってしまいますが、つまりは発想の転換で何かが出来るということです。
もし私が言葉の通じない国に旅行した際に、お店の看板に「日本語わかります」と書いてあったら、例えたどたどしい日本語でも安心できるし、便利で助かりますからね。
逆の立場に置き換えてみたら使えるものはたくさんあるのです。他にもいろいろ考えていたので不動産業にもそれなりに自信はありました。
――講師は未経験だったそうですが、戸惑いや緊張などはありましたか?
山本氏:
講師を始めてすぐの頃は「教えること」そのものに必死でした。
教えるために10の事を勉強し、その10の事すべてを話しきることで精一杯でした。
それは回を重ねるごとに慣れていき、次は勉強した15のうち10をといった余裕を持てるように徐々になっていきます。
今では40、50くらの事から10の事を引き出して話しています。
知識の引き出しが増えたことによって教える話の幅が広がったことが私にも自信になったのでしょう、緊張もあまりしなくなりました。
――講師として、先生が気をつけていることは何ですか?
山本氏:
「出来ない」とは言わないことですね。
例えば自分のあまり知らないジャンルでの講演を依頼されても、出来ない・わからないとは言わないようにしています。講義までは数ヶ月ありますので、その間に徹底的に準備します。
「太い幹をベースにあらゆることが枝のように伸びえている」と、私は思うのです。
幹があれば何でもできる、子育ても新人研修も一見すれば違うことのように思えますが目指すところは一緒なのです。
「夢を持って実現する、夢で終わらせないためにどうすればいいか、自分の心を変えるにはどうすればいいか」
他人と比べて勝つ・負けるではなく、戦うのは昨日の自分であり、今日までの自分であり、「自分に克つと」いうことなのです。
インタビュー日時/2010年5月